江戸血止め紐♪(再投稿)


この画像は昭和40年代後半に撮影された江戸の祭の写真です。
血止め紐は昭和の時代から江戸にあったのです。
ご存知でしたか?
 
2008/11/13に記事に上がってましたが、もう一度掲載いたします。
多少記述は変更しましたが、お伝えしたい事は大きくは変えていません。

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血止め紐」の由来
血止め紐は江戸時代の飛脚・駕籠かき衆の定番で草鞋の上に必ずしていた「脚絆」【鬱血を防ぎ、脛や脹脛を守る】の名残で上部の紐だけが名残として残りそれが【血止め紐】となったとの事を江戸っ子のおじいちゃんからお聞きしたことがあります。
飛脚は江戸-上方間を6日間で書簡を届けに走ったとの事です。それを考えると脹脛のサポーターの役目をしていたと考えられますね・・・。

昭和の40年代後半からちらほら血止め紐が江戸の3大祭り(三社・神田・深川)にも見かけるようになりました。(写真があります)画像も40年代後半の画像ですが基本的には少数派のようだった様です。江戸っ子の「粋」=「ファッション」が脚絆をこのように変化をさせたのでしょうね…。
現在の血止め紐は1.2㎝の真田紐を60~70㎝にして結んでいますが…当時のものは約2㎝と広めだったようです。画像からすると結び目も後ろではなくどうやら前で結んでいたようです。【蝶結び・片蝶結び】

血止め紐は浜松まつりの発祥のようなことをちらほらお見かけしますが実は違うのですね…。
江戸っ子がすでにもう40年以上も前から「血止め紐」として祭衣装の一部にとりいれていたのです。
意味もなくこの血止めをしているとの声も多数お見かけしますが、実は意味はありますししかも江戸のマネなのです。(爆)

遠州の祭の形態【衣裳・祢里・屋台他】の多くはその発祥を江戸に見られます…。
ということはこれも新しい文化と伝統となる事は間違いありませんね…。ただし意味づけをしっかりして理解して「血止め紐」を使用してほしいものです。

かといって私は「血止め紐」を推奨している訳ではございませんので、悪しからず…(笑)私の地区では一人も【血止め紐】は使っていませんので・・・(爆)

今現在血止め紐を使用している遠州地方の皆様は上記の様に意味があるので、胸を張って【血止め紐】を使用してほしいものです。自地区でコンセンサス(同意)が得られるようでしたらさらに良い事です。

遠州地方独特の文化と伝統となることでしょう…。
今現状では江戸でも少数派で少ししか見かけませんね…。弊社はネットで商売もしていますが遠州地方以外からの【血止め紐】の問い合わせやご注文はほぼOです。(爆)

愛感謝



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